本尊である釘抜地蔵尊は、弘法大師が唐より帰国するさいに、船の積荷の石を衆生の諸苦を救おうと祈願して刻まれた地蔵菩薩である。当初は、苦痛を抜き取るご利益があるとして苦抜地蔵と呼ばていた。後の弘治2年(1556年)頃、京都有数の商人である紀の国屋道林が、急に両手に痛みを感じ、治療を行ったが効果もなく、石像寺の地蔵尊に願掛けを行った。満願の夜、道林の夢に出現した地蔵尊は「おまえの手の痛みは前世に人を恨み、人形に釘を打った報いからだ」と告げられ、2本の恨みの釘を抜き示された。夢から覚めると道林の両手の痛みは治まっていたと云う。道林が地蔵尊の元へ行くと、地蔵菩薩の前には朱色に染まった二本の八寸釘があった。これより、本地蔵菩薩は苦や痛みを抜く、地蔵尊「釘抜地蔵」と呼ばれるようなり、多くの人々から親しまれている。願いが成就されると、お礼に釘抜を貼り付けた「釘抜絵馬」を奉納する習慣となっている。
|